大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)632号 判決 1965年3月09日
控訴人 萩原安次郎
控訴人 大阪府花卉園芸協同組合
右代表者代表理事 萩原安次郎
右両名訴訟代理人弁護士 小林康寛
被控訴人 川口文平
主文
原判決を次のとおり変更する。
控訴人萩原は被控訴人に対し、金二八万五、六〇〇円の支払いを受けるのと引きかえに別紙目録第一の(一)記載の建物について昭和三四年一二月三一日付売買を原因とする所有権移転登記手続をなし、かつ、右建物およびその敷地である同目録第二記載の土地を明け渡せ。
被控訴人の控訴人萩原に対するその余の請求、および控訴組合に対する請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じ、被控訴人と控訴人萩原との間においては、被控訴人について生じた費用を三分し、その一を控訴人萩原の負担、その余の費用は各自の負担とし、被控訴人と控訴組合との間においては、全部被控訴人の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一、次の事実は当事者間に争いがない。
(一) 本件土地は被控訴人の所有である。
(二) 被控訴人は、控訴人萩原を相手方として昭和二九年一月大阪簡易裁判所に対し本件土地上にある(一)の建物収去および右土地明渡しの調停を申し立て(同裁判所同年(ユ)第五〇号)、調停手続が進められた結果、右当事者間に同年一二月二〇日別紙目録第三記載の内容からなる本件調停が成立した。
二、そこで、まず、本件調停に控訴人ら主張のような無効事由があるかどうかについて以下順次判断する。
(一) まず、右調停成立に至る経過について、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実を認めることができる。
(1) 被控訴人は、昭和二一年頃から本件土地を訴外今中幸一に賃貸し、同訴外人は、右土地を自己が代表取締役である訴外株式会社今中機械製作所に使用せしめ、右訴外会社は昭和二一年五月一〇日同地上に(一)の建物を建築所有しかつ、保存登記を経由していた。
(2) 控訴人萩原は昭和二三年一月二三日右訴外会社から(一)の建物を代金一一万九、〇〇〇円で買い受け、翌二四日その旨の所有権移転登記を経由するとともに、あわせてその頃右訴外今中から右土地の賃借権の譲渡を受けたが、地主である被控訴人の承諾の点については右訴外人が被控訴人と話合いをつけてくれるものと思い、被控訴人に対し直接右承諾を求めることをしなかった。
(3) 控訴人萩原は(一)の建物を買い受けて後、これを同年五月七日設立され、同控訴人がその理事をしていた訴外大阪生花商業協同組合(昭和二五年二月末日解散)および控訴組合(昭和三二年一〇月二三日設立)の事務所として使用させ、昭和二三・四年頃から一方的に本件土地の賃料として一ヶ月金一、〇〇〇円の割合の金員を供託するようになり、本件調停の成立した昭和二九年一二月二〇日当時合計金六万一、〇〇〇円を供託していた。
(4) 被控訴人は、控訴人萩原からの右供託の通知を受けたので、同控訴人に対し本件土地の占有使用を承認できないから即時本件建物を収去して本件土地を明け渡すよう申し入れる一方、訴外杉山吉次郎を交えて同控訴人と再三話合いをしたが、同控訴人は明渡しの猶予を求めるのみで結論がでるに至らなかった。
(5) そこで、被控訴人は同控訴人を相手方として大阪簡易裁判所に前記のとおり調停の申立てをなし、その後約一ヶ年間にわたり調停手続が進められた結果、昭和二九年一二月二〇日被控訴人の代理人として弁護士寺島祐一、同控訴人の代理人として同小林昶出頭のうえ本件調停の成立をみるに至ったものである。
≪証拠判断省略≫
(二) ところで、控訴人らは、前記昭和二三年一月二三日に前記訴外会社から(一)の建物を買い受けたのは控訴人萩原ではなく控訴組合の前身である前記訴外大阪生花商業協同組合であって、右調停成立当時(一)の建物は右訴外組合の所有に属していたのであるから、右調停は相手方となるべき者を誤まった違法があり無効である旨主張する。
しかしながら、右昭和二三年一月二三日当時右訴外組合はいまだ設立されておらず、(一)の建物を買い受けた者が控訴人萩原であることは前段認定のとおりであるから、控訴人らにおいて、その後右調停成立に至るまでの間に、右訴外組合が控訴人萩原から(一)の建物の譲渡を受けその所有権を取得したことをなんら主張、立証しない本件においては、(一)の建物は右調停成立当時訴外組合ではなく、同控訴人の所有に属していたものといわなければならない。そうすると、右調停が同控訴人を相手方として成立したのはもとより当然であって、右調停にはなんら相手方となるべき者を誤った違法はないというべきである。したがって、控訴人らの右主張は採用に由ない。
(三) 次に、控訴人らは、本件調停は借地法一〇条にいわゆる建物取得者である前記訴外組合の買取請求権を無視し、本件土地を調停に定める明渡期日の到来したとき、またはその期日以前に任意明渡したときにのみ買取りを認めるという不確定、かつ、控訴人らに不利なものであるから、同法一一条に違反し、また、民事調停法一六条の法意等に照らし無効である旨主張する。
しかしながら、(一)の建物の所有権を取得した者は右訴外組合ではなく、控訴人萩原であって、このことは、前記認定のとおりであるから、右訴外組合は右建物の買取請求権を有するものではないというべきである。また、右買取請求の対象となるのは、土地の賃借人が自ら建築しあるいは土地所有者から買い受ける等の方法により賃借地上にその権原に基づき所有していた建物その他の物件に限られ(借地法一〇条)、もともと土地賃借人が所有していなかった物件は、買取請求の対象とならないものというべきところ、本件の場合、(一)の建物を所有し、かつ、保存登記を経由していたのは、前記認定のとおり本件土地の賃借人である前記訴外今中幸一ではなく、これと関係のない前記訴外株式会社今中機械製作所であったのであるから、右説示に照らし、右訴外会社から右建物を買い受けた控訴人萩原は右土地の賃貸人である被控訴人に対しその買取りを求め得る立場にはなかったものというべきである。のみならず、かりに、右訴外会社は単に右建物の登記簿上の所有名義人にすぎず、その真実の所有者は前記のとおり右訴外会社の代表取締役をしていた右訴外今中であり、したがって、これを買い受けて所有権を取得した控訴人萩原が被控訴人に対しその買取請求権を行使できる立場にあったとしても、あるいは、前記建物が借地権とともに前記訴外今中から右訴外会社に譲渡せられ、同控訴人がさらにこれを買い受け、前記買取請求権を行使し得る地位にあったとしても、同控訴人は任意これを放棄したうえ、本件調停に応じ、前記調停条項第一項但書の合意をなすに至ったものというべきところ、右放棄が許されないと解すべき別段の理由はないから(借地法一一条の規定は、買取請求権をあらかじめ排除し、あるいは制限する特約を無効とするにとどまり、すでに買取請求権を行使できる立場にあるものがその自由な意思決定に基づきこれを放棄することまで禁ずる趣旨ではない。)、いずれにせよ、右調停はなんら右借地法の規定に違反するものではないというべきである。
なお、右調停条項第一項但書の定めは、多少明確を欠くうらみがないわけではないけれども、前記認定の右調停に至る経緯および右調停条項全般の趣旨から推して考えると、右は、同項本文に定める本件土地の明渡期日が到来したとき、控訴人萩原に対し(一)の建物の収去を求める代りに、同控訴人が前記買取請求権を有する場合に準じ、そのとき、もしくは、右期日前に同控訴人が任意本件土地を明け渡すとき、被控訴人において右建物を買い取ることを定めたもので、いわば売買の予約に該当するものというべきである。しかも、その買取価格の公正を期する意味で、これを裁判所の指定する鑑定人の評価額によらしめているのである。これらの事実に徴すれば、右但書の定めは、控訴人らの主張するように、控訴人萩原に一方的に不利なものでは決してなく、したがって、また、これがため民事調停法一六条等の法意に照らし本件調停が当然無効となると解すべき余地はないというべきである。
したがって、控訴人らのこの点についての主張も採用できない。
(四) 次に、控訴人らは、前記訴外組合は約定賃料を供託し、右調停を成立せしめなければならない債務不履行等の事実などなかったものであって、右調停は、調停の本旨にもとるものであるばかりでなく、また、控訴人萩原の軽卒、無経験等に乗じてなされたものであるから、公序良俗に違反し無効である旨主張する。
しかし、右訴外組合はもちろん控訴人萩原も本件土地について賃借権を有していたわけではなく、このことは前段説示のとおりであるから、右賃料供託等の事由をもって右調停の効力を争うことは許されない筋合いである。のみならず、右調停が成立するまでに一年近くの月日を要し、最後に、同控訴人の代理人である弁護士小林昶が出頭して結着をみるに至った前記認定の経緯に徴すると、右調停が同控訴人の軽卒、無経験等に乗じてなされたとは到底認め難いのみならず、かりに、右調停をなすにつき同控訴人に軽卒あるいは無経験等の点があったとしても、他に特段の事情の存しない限り、それだけで右調停が公序良俗に違反し無効であるとなすを得ないものであることはいうまでもないから、いずれにせよ控訴人らの右主張も採用に由ない。
(五) 控訴人らは、また、本件調停条項第一項に定める本件土地の坪数および第二項に定める延滞賃料額は実情にあわない過大不当なものである旨主張する。
しかし、控訴人主張の本件土地の面積、延滞賃料額が調停の無効を招来するほど著しく過大不当であるとは考えられず、多少過大な点があるにしても、それだけの理由で本件調停が当然無効となるべき別段の根拠はないというべきであるから、右主張自体失当である。
(六) 以上の次第であって、本件調停が無効であるという控訴人らの主張はすべて理由がなく、右調停は有効、適法に成立したものというべきである。そしてまた控訴組合が本件土地について借地権を有しないことならびに前記(一)の建物について買取請求権を有しないことも上記説示のとおりであり、むしろ控訴人萩原が本件調停によって負担する土地明渡義務の重畳的承継人として調停の効力を受ける地位にあるものといわなければならない。
三、次に、(一)の建物の所有権が現在いずれに帰属しているかについて考察する。
(一) 本件調停条項第一項但書によれば、被控訴人は本件土地を控訴人萩原がその明渡期日(昭和三四年一二月三一日)またはそれ以前に任意に明け渡すときに、裁判所の指定した鑑定人による時価評価額で(一)の建物を買い取る旨の売買予約のなされたことは前記説示のとおりであるところ、被控訴人が控訴人萩原を相手方として昭和三四年一〇月二六日大阪簡易裁判所に(一)の建物買取りの調停の申立(同裁判所同年(ユ)第七八七号)をなしたことは当事者間に争いがない。
(二) そして、≪証拠省略≫によれば、被控訴人は同年一二月七日の第一回調停期日に控訴人萩原に対し、右建物を前記土地明渡期日に買い受ける旨の右売買予約完結の意思表示をしたことを認め得るところ、原審における鑑定人和田二郎の鑑定の結果によれば、前記明渡期日たる昭和三四年一二月三一日当時の右建物の時価は金二八万五、六〇〇円であることを認めることができる。
(三) そうすると、(一)の建物は、前記調停条項第一項の定めるところに従い、被控訴人において前記昭和三四年一二月三一日控訴人萩原から右代金額でこれを買い受けたものであって、現在被控訴人の所有に属しているといわなければならない。
(四) もっとも、右調停条項によれば、売買予約完結権の行使には、「控訴人萩原が土地明渡期日または期日前に任意にその明渡をなすとき」という条件が付されているのであるが、右条件はもっぱら被控訴人の利益のために定められたものであって控訴人萩原が完結権を行使する場合の条件であることは右調停条項の趣旨に照らして明らかである。そして、同条項には、「被控訴人が買い取ることを双方ともに認む」とあって、「被控訴人も認む」との一方的な約諾と異なった形式をとっていること、被控訴人にも完結権を認めても調停の趣旨に反し不利益を同控訴人に及ぼすおそれのないことよりすれば、右売買予約は双方の予約であり、被控訴人もまた完結権を有すると解するのが相当である。そうであれば、被控訴人が、「控訴人萩原において任意明け渡すとき」という条件の利益を放棄し、右「任意明渡」の如何にかかわらず、右明渡期日に(一)の建物を買い取ることとし、その旨の完結権を行使することはなんら差支えがなく、これによって、右明渡期日に右建物の売買契約が前記認定のとおり成立するに至ったものというべきである。
四、そこで、次に、被控訴人の控訴人らに対する本訴請求の当否について順次判断する。
(一) 控訴人萩原に対する(一)の建物の所有権移転登記手続、および右建物と本件土地の明渡しを求める部分について。
(1) 本件調停条項第一項本文によれば、控訴人萩原は被控訴人に対し本件土地を昭和三四年一二月末日限り明け渡す旨定められているのであるから、被控訴人は右土地の明渡しを求める部分についてすでに債務名義たる調停調書を得ているものといわなければならない。そこで、被控訴人が重ねて右土地明渡しの給付判決を求める利益を有するかどうかについて検討するに、およそ、かかる再訴の利益が特段の必要のない限り、原則として否定されるものであることは詳論するまでもないところである。しかし、本件の場合においては、前記調停条項第一項本文の土地明渡しを定める部分は同項但書の同地上にある(一)の建物の買取りを定める部分と一体的な関係にあって明確を欠き、かつ右建物の収去あるいは同建物よりの退去については何の定めもないのであるから、土地明渡しの条項だけでは執行不能である。そのほか、控訴人萩原は昭和三五年中に大阪地方裁判所に対し本件調停無効確認の訴を提起し本訴提起後たる昭和三六年六月六日これを取り下げたが、(このことは当事者間に争いがない。)、さらに、被控訴人が本件訴訟を提起するや、同控訴人は終始右調停が無効であることを強調し、右調停調書に基づく強制執行を妨げる意図を明らかにしているのであって、以上のような場合、被控訴人において右土地明渡しの給付判決を求める特別の必要があるものと解すべきであるから、被控訴人はこの点について訴の利益を有するものといわなければならない。
(2) ところで、被控訴人が控訴人萩原から(一)の建物を買受けたことは前記説示のとおりであるところ、その代金額が金二八万五、六〇〇円であることは前記認定のとおりであるから、同控訴人は被控訴人に対し右代金額の支払いを受けるのと引きかえに右建物について右移転登記手続をなすべき義務を負うものといわなければならない。
次に、被控訴人が控訴人萩原に対し、右建物と本件土地の明渡しを求める部分について考えてみるに、控訴人萩原が本件調停条項第一項により本件土地の明渡義務を負うこと、ならびに同地上に存する(一)の建物について売買が成立し、同建物が被控訴人の所有に帰したことは前記のとおりであるが、同建物を控訴人萩原が占有していることは後記認定のとおりであるので、同控訴人は右建物を明け渡して右土地を被控訴人に明け渡すべき義務があるものといわなければならない。しかしながら、建物売買による代金の支払いと建物の引渡し(明渡し)とは通常同時履行の関係にあることはいうまでもなく、右調停条項第一項但書の建物売買は一見建物ひいてはその敷地の明渡しが先給付の関係にあるように思われるが、前説示の如く、被控訴人が先給付の利益を放棄して売買予約完結の意思表示をした以上、建物の引渡ししたがってその敷地の明渡しと代金額の支払いとが同時履行の関係に立つことを甘受する意思であったとみるのが相当である。もっとも、建物の敷地の明渡しを建物代金の支払いがあるまで拒否できるのは、建物の引渡しを拒否できることに由来する反射的効果に過ぎないのであって、本件の如く建物の敷地の面積が建物の面積に比して多少広い場合には建物の引渡しを拒否し得る反射的効果としてその敷地の明渡しを拒否できる範囲について問題がないではないが、弁論の全趣旨(原審鑑定人出口宗八の鑑定書に添付の図面等)によると、本件土地の出入口は南東隅の一箇所であり、(一)の建物を占有使用するためには結局本件土地の全部の占有を必要とすることよりすれば、建物引渡しの拒否に伴い本件土地全部の明渡しを拒否しうるものと解するのが相当である。しかのみならず、被控訴人は当審において本件土地の明渡しと建物代金の支払いとが同時履行の関係に立つことを前提として土地についての賃料相当額の金員を不当利得を根拠に返還請求しているし、また、右の同時履行の関係を認めて建物ならびに本件土地の明渡しにつき、建物代金の支払いと引換給付を命じた原判決に対し被控訴人より控訴または附帯控訴の申立てがないのであるから、当審においても控訴人萩原は被控訴人に対し前同様建物代金額の支払いを受けるのと引きかえに右建物および土地の明渡義務あるものとしなければならない。
(3) なお、控訴人らは、本訴において(一)の建物の買取請求権を行使する旨主張するが、前段説示のとおり右建物はすでに被控訴人の所有に帰しているのであるから、これについてさらに買取請求権を行使できる筋合いではないものというべく、右主張は採用できない。
(二) 控訴人萩原に対し(二)の建物の収去を求める部分について。
(二)の建物がすでに取りこわされて存在していないことは当事者間に争いのないところであり、これが同建物の収去を命ずる原判決の仮執行と直接的な関係がなく任意に取りこわされたものであることは弁論の全趣旨に徴して明らかなところであるから、同控訴人はもとよりその収去義務を負うべき限りでない。
(三) 控訴組合に対し(一)、(二)の建物からの退去および本件土地の明渡しを求める部分について。
(1) ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実を認めることができる。
(イ) 控訴組合は、組合員の取扱品の共同販売等を目的とする協同組合であるところ、昭和三二年一〇月二三日設立登記を了し、控訴人萩原はその代表理事である。
(ロ) ところで、控訴人萩原は、本件土地上にある(一)の建物を控訴組合にその事務所として使用させ、控訴組合はここで府下一円の組合員達を集めて生花のせり市を開いていたのであるが、昭和三四年一〇月頃被控訴人から、右建物で商売をしてもらっては困るという苦情がでたのでやむなくこれを取りやめ、同年一二月頃右事務所も閉鎖し、その後控訴組合は右建物を使用していない。
(ハ) なお、控訴人萩原はその後訴外石井荘太郎に右建物の管理をまかせ、同訴外人は管理人として右建物に居住していたが昭和三六年七月頃他に移転し、爾来右建物は居住者のいない空家として施錠したままの状態(同建物にあった控訴組合の看板も撤去されていることは被控訴人の自陳するところである。)で控訴人萩原において保管している。
以上の認定に反する原審における被控訴本人の供述部分は前掲各証拠と対比してにわかに信用し難く、ほかに右認定を動かすにたりる証拠はない。
右事実によれば、控訴組合は、控訴人萩原から(一)の建物を借り受け使用していたが、右使用貸借はすでに昭和三四年一二月頃終了し、現在、右建物はもちろん敷地である本件土地も占有していないというべきである。
そうすると、控訴組合は被控訴人に対し右建物よりの退去および右土地の明渡義務を負うべき限りではないといわなければならない。
(2) (二)の建物がすでに取りこわされて存在していないことは前記説示のとおりであるから、控訴組合が被控訴人に対しその建物よりの退去、敷地明渡義務を負うものでないことはいうまでもない。
(四) 控訴人らに対する不当利得金等の支払請求について。
(1) まず、控訴人萩原に対し不当利得金の支払いを求める部分について考察する。おもうに、他人所有の土地上に建物を所有する第三者が右建物を土地所有者に売り渡した場合、特段の事情のない限り、その代金の支払いと右建物の引渡しとは同時履行の関係にあるわけであるから、右第三者は、土地所有者から右代金の提供がなされるまでの間、右建物を適法に占有することができ、かつ、その当然の結果として、その敷地の占有をなし得べきものであるというべきである。しかしながら、右第三者は、敷地を無償で使用収益する権原まで有するものでないことはもとよりいうまでもないから、右第三者が右建物に自ら居住してこれを使用し、または、これを他に賃貸して利益を得るような場合は、もともと第三者が右建物についての同時履行の抗弁権行使の反射的効果として認められる敷地占有の域を超えてこれを利用しているわけであって、土地所有者の損失において、右利用による利益を得ている以上、その利益(土地賃料相当額)は法律上の原因を欠くものというべきであるから、右第三者において不当利得としてこれを土地所有者に返還する義務を負うものといわなければならない。しかし、第三者が右建物を使用せず、また、他に賃貸もしないで、もっぱら同時履行の抗弁権行使のために建物ひいてはその敷地を占有しているにすぎない場合においては、かかる不当利得の生ずる余地はないと解するのが相当である。これを本件についてみるに、控訴人萩原の昭和三五年一月以降における(一)の建物の占有状況は前記認定のとおりであって、これによれば、同控訴人はなんら右建物を使用収益しておらず、もっぱら同時履行の抗弁権行使のために右建物敷地を保管占有しているにすぎないというべきであるから、前記説示に照らし、同控訴人は被控訴人に対し、その主張の不当利得金の返還義務を負うべき限りでない。
(2) 次に前記認定によれば、控訴組合において昭和三五年一月以降右土地を占有しているとは到底いえないから、控訴組合は被控訴人に対し、右占有を前提とするその主張の損害金支払義務を負担するに由ないものというべきである。
五、以上の次第であって、被控訴人の本訴請求は、控訴人萩原に対し金二八万五、六〇〇円の支払いをなすと引きかえに(一)の建物について昭和三四年一二月三一日付売買を原因とする所有権移転登記手続をなし、かつ、右建物および本件土地の明渡しを求める限度で正当として認容すべきであるが、同控訴人に対するその余の請求および控訴組合に対する請求はいずれも失当であるから棄却すべきである。したがって、これと異なる原判決は変更を免れない。
よって、民訴法三八六条、九六条、九二条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 金田宇佐夫 判事 日高敏夫 古崎慶長)